東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)112号 判決 1969年7月10日
原告 吉田庫之助 外二二〇八名
被告 東京都知事・東京都豊島区長
主文
原告らの被告東京都知事に対する訴えを却下する。
原告らの被告東京都豊島区長に対する訴えのうち、次項の棄却部分を除くその余の訴えを却下する。
原告らの被告東京都豊島区長に対する、同区長が昭和四一年八月一五日した「高田本町一丁目および同二丁目の地区の名称を高田一丁目、同二丁目、雑司が谷二丁目および同三丁目とする」旨の決定の取消しを求める請求は、これを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の申立て
(原告ら)
「1 被告東京都豊島区長は、原告らに対し、豊島区議会が昭和四一年七月一二日に議決した「町区域の新設について」と題する豊島区住居表示第三次計画の高田本町一丁目および同二丁目の地区の名称を高田一丁目、同二丁目、雑司ケ谷二丁目および同三丁目とする(別紙図面(一)記載のとおり)議決にもとづき昭和四一年八月一五日になした決定を取り消し、右議決を議会の再議に付し、右決定に基づき右同日被告東京都知事になした届出を取り消す。
2 被告東京都知事は、原告らに対し、被告東京都豊島区長からの届出に基づき昭和四一年九月五日に別紙図面(一)記載の高田本町一丁目および同二丁目の地区についてなした町区域の新設に関する告示を取り消す。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。」
との判決を求める。
(被告ら)
一 本案前の申立て
「1 原告らの訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。」
二 本案についての申立て
「1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。」
との判決を求める。
第二原告らの主張
(請求の原因)
一 被告豊島区長(以下単に「被告区長」という。)は、住居表示に関する法律(昭和三七年法律第一一九号、昭和四二年法律第一三三号による改正前のもの、以下単に「住居表示法」という。)を実施するため、別紙図面(二)記載の町区域につき、別紙図面(一)記載のとおり街区割りし、旧高田本町一丁目および同二丁目(別紙図面(一)、(二)記載の朱線で囲まれた地域、以下この地域を単に「本件居住地区」という。)を高田一丁目、同二丁目、雑司が谷二丁目および同三丁目とする「町区域の新設について」と題する第一九号議案を豊島区議会に提出し、同区議会は昭和四一年七月一二日これを議決した(以下単に「本件議決」という。)。被告区長は、同年八月一五日右議決を決定し(以下単に「本件決定」という。)、同日右町区域の新設について(以下単に「本件町区域、町名の変更」という。)被告東京都知事(以下単に「被告知事」という。)に届け出(以下単に「本件届出」という。)、被告知事は同年九月五日付でこれを告示した(以下単に「本件告示」という。)。
二 原告らは、被告らが本件決定もしくは告示をなす以前から今日まで本件居住地区に居住しているものであり、本件居住地区の有権者数三、〇九一名中の七一パーセントを超えるものである。
三 原告らは、本件居住地区の街区割りについては、別紙図面(三)記載のように、本件居住地区を目白通り(放射七号線)を境として、南北に分け、南を「東目白一丁目」、北を「東目白二丁目」とすることを希望していたものである。その理由は、
1 目白という地名は、旧高田本町一丁目にある金乗院の目白不動の名称から生れた歴史的な名称であること、
2 本件居住地区一帯、すなわち文京区旧関口台町から目白通りに沿つて国電目白駅を経て西に延びる台地は、江戸時代の昔から目白台と称せられていた土地であること、
3 本件居住地区が、国電目白駅から東に、目白通りに沿つて至近の距離にあること、換言すれば、豊島区における住居表示実施の第二次計画の目白四、五丁目より国電目白駅に近いこと、
4 原告らは、昔から「自分達は目白に住んでいる」という住民感情を持つていること、
5 昭和四二年法律第一三三号による改正後の住居表示に関する法律により、本件居住地区から国電目白駅にいたる目白通りの旧目白町は、その南側が目白一丁目、北側が目白二丁目となり、本件居住地区の東側に接する文京区高田豊川町、高田老松町および雑司ケ谷町は、目白通りの南側が目白台一丁目、北側が目白台二丁目および同三丁目となつたこと、
6 以上のとおりであつて、目白という名称が、目白不動のある肝心かなめの本件居住地区にだけ付かずに、同じ目白通りに沿つている西側が目白一丁目から五丁目、東側が目白台一丁目から三丁目となつたことは、歴史的、地理的にも理由がなく、住居表示法の新町名制定の趣旨からみても妥当なものではなく、原告らの住民感情が到底納得できないところのものである。
四 そこで原告らは、以下のように豊島区住居表示審議会、同区議会および被告区長らに対し、前記のごとき理由を付して請願、要望等をした。
1 昭和四一年二月一日、旧高田本町一丁目自治会長名、同二丁目千登世会長名をもつて、請願書を審議会に提出した。
2 同年六月二日、旧高田本町二丁目もみじ婦人会が同東部町会の各世帯に対し、新町名のアンケートを求めたところ、八八一名から回答があり「東目白」八六二名(九六パーセント)、雑司ケ谷一〇名(一パーセント)、南池袋八名(一パーセント)、その他という結果であつたので、右婦人会代表者名で、右の集計結果を付した要望書を審議会に提出した。
3 同年六月四日、本件居住地区の婦人会が住民に対し新町名に関するアンケートを求めたところ、一、〇七七名から回答があり、東目白七四一名(六九パーセント)、高田二九四名(二八パーセント)、雑司ケ谷三三名(三パーセント)、無効九名であつたので、右婦人会代表五三名が連署して、右の結果を付した請願書を審議会に提出した。
4 同年六月七日、本件居住地区住民二、一一五名が連署して、請願書を審議会および区議会に提出した。
5 同年六月八日、旧高田本町一丁目に接する旧高田南町一丁目および同二丁目の一部の住民一、一二〇名が連署して、請願書を審議会および区議会に提出した。
6 同年六月一五日、四町会代表者一七名が連署して、前記4の請願書の趣旨の実現方を請願した。
7 同年六月二〇日、本件居住地区住民二、一二四名が連署して、請願書を区議会に提出した。
8 右同日、旧高田南町の一部住民(前記5に同じ)九七五名が連署して、請願書を区議会に提出した。
9 同年六月二七日、旧高田本町一丁目の「東目白町名促進会」の会員である住民七六九名が連署して、陳情書を被告区長に提出した。
10 同年七月一二日、本件居住地区住民二、二〇九名が連署して、被告区長に対し「第三次住居表示に関する請求書」と題する請求書を提出して、区民部長および住居表示課長の区議会における説明に反論するとともに、原告らの主張が適法かつ妥当なものであることを主張して、被告区長において本件居住地区の町名変更に関する「町区域の新設について」と題する第一九号議案を修正するよう請求した。
五 本件居住地区を原告ら主張のように「東目白」と冠名しなかつたことは、被告区長の住居表示実施計画の無定見にある。すなわち、
被告区長作成の「豊島区第一次住居表示実施地区位置図」で明らかなように、豊島区における住居表示実施の第一次実施のときには、第二次実施予定区域は国電山手線の西側であつた。しかるに、被二次実施計画の作業に入るや、国電山手線西側の目白地区を単に「目白〇丁目」とすることにしたため、国電山手線東側の学習院および目白小学校等のある目白地区の住民が、「目白」の町名がなくなることが明白になつたために、政治的に策動して国電山手線東側の新目白一、二丁目を急遽第二次実施計画に組入れることを請求したところ、被告区長は安易にこれを受け容れてその計画を変更してしまつた。
かかる国電山手線東側の目白地区を第二次実施計画に組入れたことは、被告区長が都の示した実施基準を無視して無定見に実施計画を変更したものであつて、被告区長の無定見が第二次実施計画における目白地区住民の取消訴訟の原因となり、さらに第三次実施計画についての本訴の原因となつたのである。被告区長がもう少し住民自治に理解があつて、住民の意思に従つて自治行政を行なうものであるという「民主的住民自治」の意識を持つていたならば、本件を含む三件の訴訟は提起されなかつた。
仮に、被告区長が国電山手線西側の目白地区を「西目白〇丁目」とし、次期に「東目白」が予定されていることを表示したならば、国電山手線東側の目白地区の住民は、当然に「東目白〇丁目」となるものと期待しているから、急遽第二次実施計画に組入れてもらう必要がなく、本件居住地区と合わせて「東目白一丁目から四丁目」を編成することができたのである。しかして、一方、第二次実施計画においては、新西池袋二丁目の目白地区が西目白地区となり、西目白が一丁目から四丁目となり、西池袋が一丁目から四丁目となつたのである。しかるに、被告区長が国電山手線西側を単に「目白〇丁目」としたために、第二次実施の目白が「目白一丁目から五丁目」、西池袋が「西池袋一丁目から五丁目」となり、本件居住地区を「東目白」とすることができなくなつたのである。
被告区長は、第二次実施計画において、「丁目」は一丁目から五丁目までを固定された基準であると主張して、目白地区である新池袋二丁目を「目白〇丁目」としたならば、目白が一丁目から六丁目、西池袋が一丁目から四丁目になつて不合理であるということを強く主張して、右地区住民らの請求を拒絶したが、右は理由にならない理由であつた。
被告区長は、被告区長が作成した本件街区割りは誠に合理的であるというが、旧高田本町一丁目は、高田一、二丁目および雑司が谷二丁目に三分割され、旧高田本町二丁目は、目白一、二丁目、高田二丁目および雑司が谷二、三丁目に五分割されたのである。被告らは、本件居住地区のような小さい町をそれぞれ三分割または五分割することが被告らの実施基準に照らし、正当かつ合理的であるというが、右はまことに不当、不合理である。本件居住地区のような小さい町の新たな細分割は東京都の他の区内にはない。長い間同一町民として地域社会を形成してきた原告ら住民を八分割することが実施基準においてどうして正当なのであろうか。被告区長の行政は、机上論を現実にあてはめようとするから無理が生ずるのであり、原告ら住民が右行政に反対するのは当然のことである。
道路および鉄道が新たに建設されるときには、最も住民の少ない土地を選んで建設されるのである。それを街区割りの基準として、地域社会をコマ切れにすることは、原告ら住民としては到底納得することはできないものである。
六 憲法九二条および地方自治法一条、二条一一項は、地方公共団体の運営は地方自治の本旨に基づいて行なわれなければならないことを規定している。
地方自治の本旨とは、地方公共団体の行政が直接住民の手によつて民主的に、換言すれば多数決に基づいて運営されることである。したがつて、区長および区議会は、住民の公僕として住民多数の意思に基づいて区政を運営しなければならない義務があるのである。そして、住居表示法三条は「市町村は住居表示の実施に当つては住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力を得て行なうように努めなければならない。」と規定している。以上のところから明らかなように、町区域、町名の変更は、本来当該地域の住民が有する住民自治権に基づき、その意思によつて決定すべきものであるが、これを区長らに委任してなさしめているものにすぎない。したがつて、区長らは、町区域、町名の変更については住民の意思を十分に尊重し、これに従つて実施しなければならない義務を負担しているものである。
しかるに、区議会および被告区長は、前記のとおり本件居住地区住民の有権者三、〇九一名中、実にその七一パーセントを超える原告ら二、二〇九名の前記のごとき合理的理由に基づく意思を無視し、その無定見な本件町区域、町名の変更を実施したもので、これは地方自治の本旨ならびに住居表示法三条の規定に反し、違法であつて、地方自治法二条一四項、一五項の規定により無効となるものである。被告区長は、同法二条一四項の規定により法令に違反してその事務を処理することができないものであるから、違法な本件区議会の議決を決定し、これを被告知事に届け出てはならず、当然同法一七六条四項の規定により区議会の再議に付さなければならないものである。被告知事は、仮に被告区長から届出があつたとしても、右届出は無効な議決、決定に基づくものであるから、同法二条一四項の規定により、法令に違反してその事務を処理することができないものである以上、これを告示することができず、本件告示は違法なものである。
七 よつて、被告区長に対し本件町区域、町名の変更決定およびその届出の各取消しと区議会の本件議決を再議に付すべきことを、被告知事に対し本件告示の取消しを求める。
なお、本訴提起にあたり、原告らは被告知事あるいは自治大臣の審決を経ていないが、本件はかかる申立てをすることができる場合に該当しないので、不服申立ての前置は必要ではない。また、被告らの各処分は、議会の議決を経たものであるから、行政不服審査法四条一項一号に該当し、行政不服の申立てができないものである。
(本案前の主張に対する反論)
一 被告らは、本訴各請求をそれぞれ独立した処分に対する請求のように解しているが、それは誤りである。本訴各請求は、地方自治法および住居表示に基づく町名変更処分の取消しに関する一つの請求である。すなわち、そもそも行政権の行使は、その適法性を確保するために、その権限を分散し、段階的手続を経て行使されるようにしているのである。しかして、本件町名変更についての手続要件は、住民の理解と協力すなわち住民の意思の決定、区議会の議決、区長の決定、区長の届出、知事の届出の受理、告示であつて、右の各要件を経由したときにはじめてその効力を生ずるものである。したがつて、町名変更は、右の手続要件を充足したときにはじめて一つの行政処分としての効力を生ずるものであるが、その権限の分散のために各機関の処分についてこれが取消しを求める必要があるのである。
二 被告らは、被告区長の決定は、「区長が豊島区議会の議決を経てなした内部的意思の決定であるから、独立して抗告訴訟の対象とならない。」と主張しているが、右は誤りである。
町名変更は、区長の決定によつて成立するものであるから、右決定は当然に取消しの対象となるものである。
三 被告らは、町名変更に関し知事は区長の上級行政庁であると解しているが、右は誤りである。町名変更は、地方自治行政に属する事項であるから、知事は区長の上級行政庁ではない。したがつて、町名変更に関する届出は、法の規定に基づく権限の異なる行政庁に対する届出であつて、準法律行為的行政処分として取消しの対象となるものである。
四 被告らは、「本件議決を、議会の再議に付せ、との請求は、行政庁に対し住民が作為を裁判上請求するものであるから、法律上の規定がないので許されない。」と主張して、右「再議に付せ」との請求は行政庁相手の給付請求であると解しているが、右は誤りである。
右「再議に付せ」との請求は、給付請求ではなく、住民自治権に基づく住民の代表機関に対する民衆訴訟としての職務執行請求である。被告区長は「議決がその権限を超え、又は法会に違反すると認めるときは理由を示して再議に付さなければならない。」(地方自治法一七六条四項)のであるから、原告らは被告区長に対し、民衆訴訟として右請求をすることができるものである。
職務執行命令訴訟については、地方自治法一四六条が主務大臣および知事について規定しているが、これらは自己の委任した事務についてのみであつて、自治行政に及ぶものではない。しかして、自治行政については、自治行政の主体である住民すなわち公法人の構成員である住民が法定の自治権に基づいて、公法上の委任関係にあるその執行機関である長に対し当然に請求できるものである。
職務執行命令訴訟は、法人の構成員が法人の運営につき当然に有する構成員の基本的権利であつて、納税者訴訟における差止請求権等および株式会社における株主の差止請求権(商法二七二条)等が規定されていることによつても、もちろん解釈として当然に認められるところである。民衆訴訟は、法規に適合しない行為の是正を求める訴訟であるから、単に行為の取消しのみならず、積極的に作為を求めることができるのである。もし仮に、本件において住民らが取消請求のみしかできないとしたならば、被告区長は右判決に従つて本件決定を取り消すが、それ以上の措置をとらなかつたときに一体どうなるのであろうか。右の場合のために、住民は自治権に基づき、単に違法な行政処分の取消しを請求するのみならず、積極的に適法な行政処分すなわち地方自治法一七六条四号に基づき再議に付すべき職務執行命令を求めることができるのである。
国民が行政官庁に対し給付請求を求めることができないとの判例は、行政事件訴訟法の不作為の違法確認の訴えおよび民衆訴訟の規定によつて破られたものである。
もちろん、原告らの被告区長に対する請求の核心をなすものは、被告区長の本件決定の取消しであるが、右職務執行命令請求を給付請求と観念するのは誤りであつて、右取消しと同様違法確認の訴えと観念すべきものである。したがつて、右判決により原告らが被告区長に代位して本件議決を議会の再議に付する権限を取得するものではなく、被告区長に対して「再議に付せ」と判決によつて請求することができるだけである。
換言すれば、本件決定取消しの判決があつても、被告区長はいつ議会の再議に付するのかの自由を有するものであるから、かかる職務執行についての確認判決の必要性と利益があるのである。
五 被告らは、「被告知事の本件告示は町区域の新設について、単にその効力を生ぜしめるに過ぎないものであつて、一般的通知の性質を有するものに過ぎないから、取消しの対象とはならない。」と主張しているが、右は誤りである。
被告知事は、被告区長とは対等の自治団体の機関の地位にあるものであつて、被告知事は自己の地方自治法二六〇条所定の権限に基づいて、独立して被告区長の届出を受理し、原告ら住民のために本件告示をするのであるから、右告示が独立して取消しの対象になることは当然である。被告知事は、右受理行為において、本件決定の違法性の有無を判断する権限を有するのであるが、本訴においては右受理行為の取消しを求める必要性がないのであつて、被告知事は右判断において、違法性を認定したときには地方自治法一四六条一二項により被告区長に対し議会の再議に付すべきことを命令することができるのである。
なお、知事が町名変更について告示する事務は、知事の行なう自治行政事務ではなく、知事の権限に属する国の事務である。
仮に、被告区長に対する取消請求のみが認められるとするならば、被告区長がその判決に従つて届出の取消しをしない限り、被告知事は告示取消をすることができないのであるから、原告らは被告知事に対して告示取消しの請求をなす必要性と利益が十分にあるのである。
仮に、被告知事に対する告示の取消請求のみが許されるとすれば、行政権限が分散されているために、被告知事は区議会の議決の無効に対し弁論する権限を有しないのであるから、本件決定の有効性を主張できないのである。
しかして、行政処分においては、認可という効力発生要件にすぎない行政処分についても、これが取消しを独立に認めているのであるから、本件町名変更の効力発生要件である告示の取消しの訴えが「民衆訴訟」として認められるのは当然のことである。
六 本件請求の訴訟物は地方自治法の定める住民自治権である。
原告らは、住民自治権という公権に基づいて、豊島区の行政をみずから行なうことのできる具体的権利を有している。住民は一般にはその住民自治権を直接に行使することが少なく、執行機関である区長および知事を選任してこれに行政事務の執行を委任しているが、右執行機関がその事務の執行を誤り、住民自治権を違法に侵害したときには、住民はその自治権に基づき民衆訴訟ないし抗告訴訟によつてその救済を求めることができる。
1 町名は、その地域の住民がこれを決定する権利を有する。本件居住地区の町地域、町名の変更についての被告区長の本件町区域、町名の変更についての第五案に対しては、本件居住地区住民の多数が反対したにかかわらず、被告区長は同案を唯一の案として住居表示審議会を通過させ、区議会の議決を経てこれを決定したものであつて、その処分が住民自治の原則に違反し、原告ら本件居住地区住民の自治権を侵害する違法なるものであることは明らかである。
2 本件訴訟は、単なる抗告訴訟ではなく、行政事件訴訟法における民衆訴訟および抗告訴訟の混合したものであつて、その核心は被告区長に対し違法行為の是正を求めるにあり、その点において民衆訴訟の規定の準用を受けるものである。
まず、地方自治法二四二条の二の納税者訴訟は違法または不当な公金の支出等の地方財政の運営に関するものであるところ、本件請求は被告区長の一般的行政権の行使に関するものである点において一般性を有する。しかして、本件請求は住民の二分の一以上の多数の意思実現を要件としている点において、住民自治権という基本的住民権を要件としているのである。したがつて、同法二四二条の二の一項二号の「行政処分たる当該行為の取消又は無効確認の請求」および同条項三号の「当該執行機関に対する当該怠る事実の違法確認の請求」の各規定は「もちろん解釈」として、本件請求に準用されるものである。なお、納税者訴訟は住民自治権のうちの一部の権利にすぎないものである。
つぎに、本件告示によつて、住民の住居表示が強制的に変更せしめられる点において、公権力の行使に当たるものであるから、抗告訴訟の規定の準用を受け、右抗告訴訟のうちの「無効等確認の訴え」に該当するものである。
さらに、住民は地方公共団体の人的構成要素であるとともに、地方公共団体の活動の源泉として地方運営の主体たる地位を与えられているもので、区長との関係は構成員と執行機関との関係にあるものである。したがつて、本件請求については、直接請求の規定、特に条例の制定改廃の請求および監査の請求の規定(地方自治法七四条、七五条)が準用される。
被告らは、民衆訴訟は法の定める場合にのみ許されるところ、本件訴訟についてはなんらの規定もないというが、地方自治法は住民が基本たる住民自治権に基づいて当然に本件のような訴訟を提起しうることを規定しているのである。しかして、行政事件訴訟法五条の民衆訴訟の規定は、主として地方自治行政に関して利用される訴訟形態であつて、「この法律において民衆訴訟とは公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。」と特に定めているのであるから、本件請求につき民衆訴訟の定めがないというのは全くの誤解である。
3 地方自治行政については、憲法により住民自治権、団体自治権の原則が設定されている。住民自治権とは、住民が地域の行政をみずから行なう権利であり、団体自治権とは、地方公共団体が国および他の地方公共団体から独立して行政を行なう権利である。旧憲法時代における地方行政はいわゆる官治行政であつて、知事は内務大臣の監督のもとに、市町村長は知事の監督のもとに行政を行なつていたから、違法行政については上級官庁である知事、主務大臣、内閣の監督を求めることができたが、新憲法においては右の監督関係が撤廃され、これに代わるものとして、国民は違法行政につき訴訟を提起し、裁判所にその是正を求めることができることとなつたのである。
4 住民は地方公共団体の構成員であり、長および議会はその機関である。住民は長および議会の議員を選任してこれに行政権の行使を委任しているが、右機関の違法行政に対しては、通常、直接請求権を行使してその是正をはかることができ、直接請求権についての処分に不服があるときは民衆訴訟によつてその実施を図ることができる。
5 本件請求は、民主的自治行政違反、すなわち住民多数の意思をふみにじつた違法行政の是正を求めるものであるから、これに関する民衆訴訟は、住民多数の意思がすでに表明されている場合とか、住民多数が原告となつて提起した場合でないと、勝訴の見込みがない。その要件は住民の二分の一以上の多数であるから、それを提起することは非常に困難であり、事件内容も非常に重大な行政に対するものである。住居表示は国家百年の大計のために行なわれるものであつて、これを軽視するのは誤りである。
6 被告らは、原告らの自治権の侵害は抽象的権利の侵害であるから訴訟上の救済を受けることはできないというが、これは誤りである。原告らの自治権は「東目白」という町名の決定という具体的権利として行使され、右具体的権利が侵害されたのである。本件訴えは、民衆訴訟に属するが、右の具体的権利が侵害されたためにその救済を求めているものである。
7 行政訴訟は、個人の私権についてその侵害があつた場合にのみ提起しうるという見解は誤りであつて、住民は自治権という公権が侵害された場合にも出訴できるものである。
8 国の行政は、憲法に基づき国民から独立して行なわれるものであつて、国民はわずかに参政権を有するのみであるが、その参政権に基づいて選挙訴訟ないし民衆訴訟を提起することができる。住民が自治権に基づいて、民主的住民自治の原則に反した違法な区長の処分に対し、その取消しを求める民衆訴訟を提起できるのは当然である。
七 なお、本件町区域、町名の変更により、原告ら個人の具体的な権利が侵害されたこと、すなわち原告らがその日常生活において、余分の出費を必要としたことおよびその出費が相当の多額であつたことは、国民常識ないし公知の事実である。
原告らは、本件町区域、町名の変更によりつぎのような出費をした。
1 町名変更の通知を郵便でなしたために、一人あたり金一〇〇円から金二、〇〇〇円の出費をした。
2 町名変更によつて、従来使用していた住所、氏名を刻したゴム印等を使用できず、あらたにこれを調達したことにより金三〇〇円から金二、〇〇〇円の出費をした。
3 町名変更によつて、手持ちの名刺および封筒が使用できなくなり、金一〇円から金三〇〇円の損害を受けた。
4 原告らのうち一部の者は表札および看板を書き替えるため、金三〇〇円から金二万円の出費をした。
5 自動車免許証等各種の免許証および許可証を書き替えるため、金一〇〇円から金二、〇〇〇円の出費をした。
6 町名変更にともなつて、各官公署に対する届出をするために、金一〇〇円から金二万円の出費をした。
7 以上のために労働力を喪失することにより、金五〇〇円から金二万円のうべかりし賃金または報酬を失つた。
以上の出費および損害の合計は、原告ら各人につき平均金一、〇〇〇円を超えるものであつて、原告らは被告らの違法な本件行政処分により、右の財産権を侵害されたものである。
もつとも、原告らは、住居表示の実施そのものについては反対していないのであるから、正当かつ適法なものであるならば、それによつて受ける出費ないし損害はこれを受忍するものであるが、本件のごとき違法なものについてはこれを受忍することができないのである。
よつて、原告らは被告らに対し右住民権の侵害によつて受けた損害につき、これが賠償を請求しうる法律上の利益を有するものである。
(本案に関する主張に対する反論)
被告らは、住居表示審議会で、東目白を冠名した豊島区における第三次住居表示実施についての第四案が関係区域の代表者多数の支持を受けず、第五案が支持されて答申されたと主張しているが、本件居住地区住民の主張に対し、他の地区の代表が無関心であつたため、換言すれば、他の地区の代表は、自己の所属する地区についての町名決定に満足したため、第五案が多数の支持を受けたにすぎないのである。したがつて、被告らの主張によれば、いかにも第五案が民主的に決定されたようであるが、それは形式的にそうであるにすぎないもので、実質的には本件居住地区については、住民多数の反対が無視され、蹂躙されて、非民主的に決定されたものである。してみると、民主的住民自治のあり方ないし考え方について、被告らと原告らとの間には、根本的にその理解の仕方が異なつていたものであつて、その点に豊島区において、本訴を含む三件の訴訟が提起された原因がある。
しかして、昭和四二年法律第一三三号をもつて改正された住居表示に関する法律は、原告らの主張が適法かつ正当であることを確認し、原告らの主張を実現し、被告らの実行した非民主的自治行政を是正し、二度とそのような違法な行政をなさないように配慮している。そして、右改正法律の附則三号は「都道府県知事は、この法律による改正前の住居表示に関する法律により住居表示の実施のために行なわれた町又は字の区域の新設等に関する処分で、………自治大臣が定めた技術的基準に適合していないものがあると認めるときは、………(………この法律施行の日)から六月以内に、市町村長に対し、当該処分の是正のために必要な措置を講ずべきことを求めることができる。」と規定しているから、被告知事は、右に従い本件につき被告区長に対し是正の請求をしなければならないものである。また、被告区長は、被告知事からの右請求をまつまでもなく、自発的に本件決定、届出を是正しなければならないものである。
第三被告らの主張
(本案前の主張)
一 原告らは、本訴において、被告区長がなした、本件町区域、町名変更の決定、被告知事に対する届出の各取消し、ならびに区議会の本件議決を再議に付すべきことを求めているが、これらはいずれも以下に述べるところから不適法な訴えであるので、却下さるべきである。
1 被告区長がなした本件決定は、区議会の議決を経てなした内部的意思の決定である。また、被告区長がなした右決定の告示は、広く住民に周知せしめるためになしたものであつて、法律上要求されているものではなく、行政上の便宜の処置として任意になしたものにすぎない。そして、本件町区域、町名の変更は、地方自治法二六〇条の規定から明らかなように、被告区長の本件決定もしくは告示によつて法律上その効力を生ずるものではない。したがつて、被告区長の本件決定もしくは告示は、独立して抗告訴訟の対象となり得ないものである。
2 被告区長の被告知事に対する本件届出は、行政主体たる国の下級行政庁たる区長が、上級行政庁たる知事に対してなすところの行政庁相互間の内部的事務にすぎないものであつて、これもそれ自体直ちに独立して効力を生ずるものではなく、したがつて、独立して抗告訴訟の対象となり得ないものである。
3 区議会の本件議決を再議に付すべき作為を求める請求は、行政庁に対し住民が作為を裁判上請求するものであり、かかる請求は法律上特別の規定がある場合に限つて許されるものであるところ、本件町区域、町名の変更に関する区議会の議決を再議に付することを請求しうるような法律上の規定がないので、不適法であるといわざるを得ない。
4 そもそも特別区内の町の区域もしくは名称の変更は、地方自治法二六〇条三項の規定に基づき、被告知事の告示によつてその効力を生ずるものであつて、区議会の議決、被告区長の決定、届出の各行為は、被告知事が法律上効力を生ぜしめるためのいわば一連の段階的行為であり、右各行為がそれぞれ独立して直接住民の権利義務関係に変動を生ぜしめる性質のものではない。したがつて、これらの行為は訴訟の対象としての成熟性ないし具体的事件性を有しないものというべきである。
二 原告らは、本訴において、被告知事がなした本件告示の取消しを求めているが、これも以下の理由により不適法な訴えであるので、却下さるべきである。
1 被告知事の本件告示は、豊島区における住居表示の実施に伴う町区域の新設について、法律上その効力を生ぜしめるためになされたものであるが、そもそも特別区内の町区域もしくは町の名称は、単に地理的区画、名称にすぎないものであつて、その効力を生ぜしめる被告知事の告示も単に事実の一般的通知の性質を有するにすぎず、また、その効力はひとり原告らを含む本件実施地域の住民のみならず、何人に対してもその効力を生ぜしめるいわば立法的行為に相当するものであつて、住民の権利義務関係その他法律上の利益になんら直接変動を生ぜしめる処分ではないから、抗告訴訟の対象とはなり得ないものである。
ちなみに、「元号1称呼」(昭和元年一二月二五日内閣告示第一号)に関する内閣の告示、または、「国民の祝日に関する法律」(昭和二三年法律第一七八号)の一部を改正する法律の公布により、元号の変更もしくは祝日の増減が生じた場合も、右変更により直ちに国民に対し法律上不利益をもたらす等の影響を生ぜしめるものとして、右告示ないし立法を抗告訴訟の対象となるものと解しうるであろうか。そのようなことはとうてい考えられないところである。
2 被告知事の告示により、その効果として不動産登記簿、商業登記簿、住民票、選挙人名簿、学令簿等の公簿の住所等の記載事項の表示に変動が生ずることは事実であるが、これらは告示によつて直接生ずる効果ではない。のみならず、これら公簿の記載事項の表示の変動は、ひとり町区域の新設に関する告示のみならず、市町村の合併に伴う行政区域、名称の変更(地方自治法三条三項、七条参照)による場合にも生ずるものである。これらの場合において、右公簿の記載事項の変更は、原則として当該公簿を保管する行政庁が、住民の申請をまたず職権をもつて書き替え、記載しかつ整理するものであつて、法律上右公簿の記録整理によつて格別住民に不利益をもたらすものではない。また、主食配給、国民健康保険、国民年金に関する通帳、被保険者証等の公証書類の記載事項の変更は、住民の申請または届出によることとなつているが、仮にこれらの申請または届出を欠いても、それをもつて直ちに住民の右主食配給等に関する資格、地位を失なわせる等の影響を与えるものではない。
3 なお付言すれば、被告知事の本件告示によつて、事実上会社等の各種帳票における住所等の記載事項の表示が変動することに関連し、会社等が当該帳票の印刷替え等の費用を出捐することが考えられるが、右費用の出捐は、被告知事の本件告示により法律上直接負担すべきものとされているものではなく、単なる告示の派生的事実として個別的かつ任意的になすものであるにすぎない。
4 以上のことは、町名変更が仮に原告ら主張どおりの名称でなければならないとした場合でも同様であつて、右告示はこの意味においてもなんら住民の権利を侵害するものではない。
三 なお、原告らは、本件一連の行為により自治権を侵害されているものと主張するが、かかる自治権なるものは抽象的権利にすぎず、これをもつて訴訟による救済を受けるに値する権利侵害ということはできない。原告らの右主張が民衆訴訟のような客観的訴訟は法律の規定がある場合にのみ提起しうるものであるところ、本件一連の行為に関してはかかる規定が存しない。よつて、右主張に基づく原告らの訴えは不適法である。
(請求の原因に対する答弁)
一 請求の原因第一項の事実は認める。
二 同第二項の事実中、原告らが本件居住地区の住民であることは認める。なお、本件居住地区の住民中、有権者数は昭和四一年八月二〇日現在が合計三、二六九名であつた。
三 同第三項の事実中、原告らがその主張のような街区割りについての希望を持つていたこと、目白という名称が目白不動に由来していること、本件居住地区が国電目白駅の東に位置すること、本件居住地区から国電目白駅にいたる目白通りの旧目白町は、その南側が目白一丁目、北側が目白二丁目となり、文京区目白台の町名が原告ら主張のとおり決定されたことは認める。
四 同第四項の事実は認める。ただし、5、8記載の場合は、旧高田南町区域の住民に関するもので、右5記載の場合は、旧南町区域の全体よりみれば比較的少数の旧高田南町一、二丁目の住民よりのもので、旧高田南町一、二丁目の区域の一部を本件居住地区と併せ、東目白とされたいというものであり、また、右8記載の場合の請願書も同趣旨であるが、旧高田南町一、二丁目の住民の氏名は一〇〇名程度記載されているにすぎない。
五 同第五項の主張は争う。
六 同第六項の主張は争う。
(本案に関する主張)
一 豊島区は、昭和三九年三月、同区議会において、住居表示の実施とその方法を住居表示法にいう街区方式とすることが決定されて以来、住居表示実施の作業を進めてきたが、本件居住地区はその第三次実施区域として昭和四〇年七月に区域が定められ、以来制度の趣旨について本件居住地区住民に対し、広報活動が続けられ、昭和四一年一月になつて、町ブロツクについて区側の一応の案も説明された。一方右第三次実施区域に関する住居表示審議会が同年一月二四日開催され、被告区長が実施の基本方針につき意見を求めたところ、区側の案を示すことなく、まず地元の意見を聴け、ということであつたので、区としては、地元の一般住民の意見聴取会と開催区域の町会長で構成する区域代表者協議会の招集を企画、これらが開催について関係区域内の全戸にチラシを配布するなどして、周知方につとめたうえ、同年二月初旬、数回にわたり意見聴取会を開き、そこで出された意見を集約、総括するため、同月一一日区域代表者協議会が開かれた。その席で区側は、出席者の要望により、はじめて町ブロツク(丁目だけ異なり、冠名を同じくする区域)名までを含めた区側の案を提出した。結局そこでは区側の案を地元に持ち帰つて、それを中心に討議することとなり、その後は関係区域の町会長とその区域に住む区会議員とで構成する懇談会が地元とのパイプになつて、多くの提案に対してなされた。その結果区側では町ブロツクおよびその名称について前記の案のほか第二案から第五案までを作成し、この中で関係区域の代表者の多数の支持を得た第五案を区の正式の案として、昭和四一年六月八日、住居表示審議会に対し被告区長から諮問し、答申をみるにいたつたのである。
右五つの案のうち、第四案が本件居住地区住民の要望を織り込んで作成した案であるが、この案は町ブロツクの区域については、旧雑司ケ谷地域の住民の反対があり、町ブロツク名については旧高田南町住民の反対があつたものであつた。また、原告らが主張するように、本件居住地区を旧高田南町、旧雑司ケ谷と離れた別のブロツクとすることは、後記のような不合理性のために、第三次実施区域に含まれる他地区の者の賛同をうることができなかつたものである。また、ブロツク名については、区としてはブロツク内の調整に委ねる方針をとつたのであるが、これはブロツクの区域の問題が先行したため、ブロツク内の調整は行なわれなかつた。
なお、区議会における審議は、昭和四一年六月二八日に提案されて後、同議会の常任委員会である区民委員会に付託され、そこでは本件居住地区住民の反対意見を考慮、五回にわたる慎重な審議を重ね、その間地元視察を織り込んで、その結果、翌七月一二日にいたつて原案どおり可決され、同日の定例本会議で可決成立をみたものである。そこで、被告区長は直ちにこれを決定し、同年八月一五日告示するとともに同日被告知事に届け出たものである。被告知事は、右届出に基づき、同年九月五日本件町区域の新設について、地方自治法二六〇条二項により告示し、これにより本件町区域の新設の効力が生じたものである。
二 本件の町区域の新設は、内容的にみても極めて合理的なものである。すなわち、
高田〇丁目となつた町ブロツクは、巾員一八メートルを有する都道補助七六号線(通称目白通り)をもつて本件居住地区の地域を分け、北を新雑司が谷、南を新高田のブロツクに入れたものであつて、街区方式のあるべき姿に照らしてみれば、町名の問題を別として、原告らの主張する案が本件居住地区の区域をもつて一つの町ブロツクというのであれば、不合理たらざるを得ないのである。なんとなれば、本件居住地区は、巾員が二・六ないし三メートル、八メートル、五メートルの三本の道路によつて北を画され、南は巾員六ないし七・二メートルの区道と長さが、ほぼそれに等しい私道によつて画されていたのであつて、区としてはなにも杓子定規に基準を適用して、これを一つの町ブロツクとして認めなかつたわけではなく、原告らの主張する案はむしろ従来の混乱をそのままに放置する結果となるという客観的事実が存在するのである。町ブロツクの区域が右のとおりであるとすれば、目白通りの北側にある本件居住地区の区域は、その属するブロツクの大部分を占める旧雑司ケ谷を名のるのが最も合理的かつ住民感情の多数にも適合するゆえんであろうし、目白通りの南側の本件居住地区の区域については、それは旧高田南町一、二、三丁目と同一ブロツクになつたのであるから、共通の高田なるブロツク名を名のることは、これまた最も合理的といわなければならない。
ちなみに、目白なる名称が目白不動より出たものであることは確かであるが、これは文京区の旧関口台町(現目白台)の長谷寺にあつたもので、右寺院が戦災にあつたのち、現在地に移されたものである。この関係から右旧関口台町から日本女子大学の所在する辺りまでが、江戸から明治末期にかけ目白と呼びならわされるようになつたもので、国電目白駅付近は、その後の推移によるものである。
第四証拠関係<省略>
理由
第一本件各行為の経緯
被告区長が住居表示法を実施するため、別紙図面(二)記載の町区域につき、別紙図面(一)記載のとおり街区割りし、本件居住地区を高田一丁目、同二丁目、雑司が谷二丁目および同三丁目とする「町区域の新設について」と題する第一九号議案を豊島区議会に提出し、同区議会が昭和四一年七月一二日これを議決した。被告区長は、同年八月一五日右議決にもとずき同旨の決定をし、同月これを被告知事に届け出、被告知事が同年九月五日付でこれを告示した。以上の事実は当事者間に争いがない。
第二本案前の判断
一 被告らの本件各行為の処分性について
1 地方自治法二六〇条は、市町村の区の町もしくは字の区域をあらたに画しもしくはこれを廃止し、または町もしくは字の区域もしくはその名称の変更(以下「町または字の区域の新設等」という。)について規定し、そのためには、政令で特別の定めをする場合を除くほか、市町村長が当該市町村の議会の議決を経てこれを定め、都道府県知事に届け出なければならず(一項)、右届出を受理した都道府県知事は、直ちにこれを告示するとともに、自治大臣に報告しなければならず(二項)、前記市町村長の決定は、政令で特別の定めをする場合を除くほか、前記都道府県知事の告示によりその効力が生ずる(三項)ものとされている。このように、町または字の区域の新設等については、それが確定的効力を生ずるがためには、いくつかの段階的手続を経なければならないが、一般的には、町または字の区域の新設等の効力が生ずるのは、都道府県知事の告示により効力を生ずる市町村長の決定によつてであるというべきである。そうだとすると、市町村長の決定は、最終決定としてその処分性を認めることができるが都道府県知事の告示は、その伝達的意味を有するものにすぎず、また市町村長の届出は、右の告示の前提要件ではあるが、行政機関相互間の内部的な行為にすぎず、いずれも住民の権利義務に直接影響を及ぼす行政処分であるということはできないものというべきである。
そして、本件町区域、町名の変更も町または字の区域の新設等であるというべきところ、本件のごとく被告区長の決定もまた、前記のような地方公共団体の長の決定というべきである(地方自治法二八三条、住居表示法二条参照)から被告区長の本件決定は、町区域、町名の変更に関する最終決定たる意味をもち、住民の権利、義務に直接影響を及ぼす処分性を認めるのが相当である。しかしながら、被告知事の告示は、前記のように単なる伝達的意味を有するにすぎず、また、被告区長の届出は、前同様の行政機関相互間の内部的行為にすぎず、いずれも住民の権利、義務に直接影響を及ぼす行政処分であるということはできないものというべきである。
そうだとすれば、本件のように町区域、町名の変更に関する最終的決定にいたるまでにいくつかの段階的手続を経なければならない場合において、その最終的決定以外の被告知事の告示、被告区長の届出等伝達的行為ないし中間的行為については独立して出訴することは許されず、例外的にそれが許されるのは、かかる出訴を法が明文の規定によつて許容しているか、あるいはかかる出訴を許さないと住民の権利、利益の保護を全うすることができないというような特別の事情がある場合に限られるものというべきである。そして、本件についてはかかる法の規定はなく、また後に説示するように被告区長の本件決定につき出訴しうるものであるから、特にそれ以外の中間的行為につき出訴を認めなければならないような特別の事情もないものというべきである。
したがつて、原告らの被告知事の本件告示、被告区長の本件届出の各取消しを求める訴えは不適法として却下すべきものというべきである。原告らは、この点につき種々主張するが、いずれも独自の見解であつて理由がない。
2 なお、原告らは、本訴において被告区長に対し豊島区議会の本件議決に基づく前記決定を取り消したうえ右議決を同議会の再議に付せとの請求をなしているが、右請求は、行政機関である被告区長に対し給付を求めるものであつて、かかる請求は、三権分立の建前上行政機関の第一次的判断権を害しない限りにおいて、司法裁判所の判断の対象たりうるものというべきところ、被告区長が本件議決を議会の再議に付するかどうかは被告区長の第一次的判断権に属するものであり、司法裁判所としてはこれを尊重しなければならず、これに介入することは許されないものというべきである。以上、原告らの右の請求に関する訴えは不適法であり却下すべきものである。この点についても原告らは種々主張しているが、いずれも独自の見解であつて理由がない。
3 ところで、町または字の区域の新設等は、市町村または特別区内における地理的区画単位としての町区域、町名の変更を意味するにとどまらず、その町の名称を冠せられた当該町の区域の住民の生活ないしは法律関係に影響を及ぼすものであることは否定できない。けだし、わが国のように長い歴史と古い伝統を有する国土においては、従前からの市町村や特別区内の町の区域や町の名称は、地理的区画の単位としてのみならず、多かれ少なかれ歴史的経緯をもち、なかには文化史的意義をもつものも少なくないのであつて、当該町の名称を冠せられた町の区域の住民の感情と密接に結合しているばかりでなく、当該住民の生活はもとより、その財産権や取引関係等の法律関係にも深いかかわりを有するからである。住居表示法が住居表示の実施にあたり、「住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力を得て行なうように努めなければならない」(三条四項)、「町又は字の名称に準拠しなければならない」(五条)と規定しているのも右のことを考慮したためであるというべきである。
4 したがつて、本件決定は、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分」に該当すると解するのが相当である(なお、地方自治法二五五条の三および二五六条は、都道府県知事に審決の申請をし、その審決を経た後でなければ、本訴のごとき本件決定の取消しの訴えを提起することができない旨を定めているというべきであろうが、行政事件訴訟法が訴訟と審査の請求の選択主義を原則としていることならびに本件決定が議会の議決を経てなされたものであることにかんがみ、本件決定の取消しを求める本訴の提起は、行政事件訴訟法八条二項三号にいう「正当な理由がある」場合に当たると解するのが相当である。)。
二 原告適格について
原告らが本件居住地区に居住している者であることは当事者間に争いがなく、原告らが本件町区域、町名の変更により本件居住地区の住民として、その法律関係に不利益な影響を受けうべき立場にあることは原告大山正忠本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、これに反する証拠がないから、原告らは、本件決定の取消しを訴求する法律上の利益を有するものというべきである。
第三本案についての判断
一 いずれもその成立につき争いのない甲第一、二号証、乙第一ないし第四号証、同第五号証の一ないし五、同第六、七号証証人武井諫の証言および弁論の全趣旨によれば、つぎのような事実を認めることができる。
1 豊島区においては、区全域にわたつて住居表示法一条一項一号に定める街区方式による住居表示を実施することとし、これを昭和三八年度を初年度とし、四か年にわたつて実施する旨、昭和三九年七月一日、区議会の議決を経て、住居表示整備事務事業実施要綱を告示した。
2 右の住居表示整備事務事業の実施については、住居表示法一二条の規定に基づいて、昭和三八年七月三〇日自治省告示第一一七号によつて、街区方式による住居表示の実施基準が示されており、さらに東京都においても同年同月一日「東京都における住居表示の実施に関する一般的基準」が示されていた。そこで、豊島区においては、前記豊島区住居表示整備事務事業実施要綱により、右の自治省および東京都の各基準に従い、町名の定め方として、「町名はなるべく簡明なものとし、歴史上由緒あるもの親しみ深いもの、語調のよいもの等を選択し、都の区域内を通じて、同一町名又は類似町名はさける。」等とし町の境界は、「公道、河川、水路、鉄道または軌道の線路等恒久的な施設または著名な地物によつて定めるものとする。」とし、町の形状は、「その境界が複雑に入りくんだり飛び地が生じたりしないよう簡明な境界線をもつて区画された一団を形成するよう留意する。」とし、町の規模は、「その用途地域別並びに人口、家屋の密度等を勘案して、次の基準によつて定める」「住居を主とする地域、〇・一七平方キロメートル(五万坪)、一、〇〇〇戸」、「なお、この基準によりがたい場合は、隣接地域の状況及び将来の発展性等を考慮して定める。」等とし、街区割りは、「(1)街区は、公道、河川、水路、鉄道または軌道の線路等恒久的な施設または著名な地物によつて画する。(2)(1)に基づいて画された街区の規模が住居表示の単位として、適当でないときは、次の一定の基準によつて街区を画することができる。ア公衆用道路として利用されている私道で、容易に変更されないもの。イ街区の規模が著しく広大で住居表示の単位として適当でないときは、その街区内の恒久的な施設または著名な地物。ウ街区の規模が狭小に過ぎ、住居表示の単位として適当でなく、隣接の街区と合せた方がよいと認められるものについては、両者をもつて一つの街区とする。(3)街区の規模は、道路網の疎密の度合及び当該地域における家屋の密度の状況を勘案して、住居を主とする地域においては面積三、〇〇〇平方メートル(一、〇〇〇坪)戸数二十戸程度とする。」とした。
3 本件居住地区についての前記事業の実施は、その第三次住居表示実施であつて、昭和四〇年七月に決定され、直ちに「区政広報」にその旨掲載され、これが本件居住地区の全世帯に配布されて、住民に知らされ、さらに続いて本件居住地区の各町会、婦人会、協会、青年会等において、その説明会が開かれ、昭和四一年一月二四日までの間にその数は十数回に及んだ。
かくして、昭和四一年一月二四日、第一回の住居表示審議会が開催されたのであるが、同審議会に臨時委員として本件居住地区の町会長、区議会議員も参加していた。そして、そこではさらに本件居住地区住民の意見を聴取するようにとの意見が出された。
そこで、豊島区は、同年二月一日から同月七日までの間四回にわたつて本件居住地区の小学校において住民の意見を聴取したところ、本件居住地区の町名を「東目白」とする旨の要望が強く述べられた。豊島区としては、同年二月一一日、さらに本件居住地区に限らず、第三次住居表示実施地区全域の審議会委員、その他関係の町会の婦人会等で構成する連絡協議会を開いて実施地区住民の意見の集約をはかつたところ、多数の者から区事務当局の案を提示するようにとの要求が出されたため、区の第一案を提示したところ、二八町会のうち、一八町会の代表者が右区案に賛成し、六町会の代表者が意見を留保し、わずか四町会の代表者が反対したにすぎなかつた。その結果、豊島区は、右の反対意見を容れて右区案を修正するために、右案のほかさらに四つの案を作成し、これを第一案ないし第五案として、実施地区の町会、婦人会、青年会、商店街等において、その趣旨説明を行ない、同年四月二七、二八日の両日実施地区の審議会委員だけの会合を開き、右五つの案についての意見を聴取した。
このようにして、同年五月六日第二回の審議会が開催されたが、そこにおいては、第一回の審議会後の経過が報告され、さらに住民からの要望書等が各委員に配付され、区の提示した五つの案につき審議が行なわれ、各委員の意見は結局本件において実施された第五案に賛成する傾向が強くなつた。
同年六月一日にはさらに実施地区の審議会委員の協議会が開かれたが、そこでは町名として「東目白」あるいは「雑司が谷」とするとの意見が出された。
同年六月八日第三回の審議会が開催され、右協議会の経過報告がなされたほか、住民の要望、陳情等が発表され、ここに正式に被告区長の諮問として前記区の第五案が提示された。同案については、従来から「東目白」の町名を主張していた委員が反対したほか、多数の委員が賛成し、早急にこれを実施するように要望した。
その後同年六月一〇日に協議会が開かれて後、同月一六日審議会が開催され、前記第五案が三一対三の多数の賛成で可決され、その旨被告区長に答申された。
かくして、被告区長は前記第五案を区議会に提案し、同議会においては同年六月二八日から区民委員会において審議され、二回にわたつて現地視察を行なうなど「東目白」の町名を主張する住民の意見を聴取したうえ、五回にわたつて審議され、同年七月一二日七対一の多数で可決され、同日区議会本会議に提案されて可決された(同日区議会で可決されたことは当事者間に争いがない。)。
よつて、被告区長は、同年八月一五日その旨決定するとともに被告知事に届け出、被告知事は同年九月五日告示した(この点も当事者間に争いがない。)。
4 以上のようにして結局「東目白」なる町名が冠せられなかつたのは、
(一) 本件居住地区は、現在の東池袋の一部、雑司が谷、目白とともに中古から高田と称されており、昭和七年の市郡合併以前から高田町と称されていたものであり、本件住居表示実施の重要な基準となつた都道補助七六号線(目白通り)の北側は古くから雑司ケ谷と称され歴史的にも著名であるが、本件居住地区の旧高田本町一丁目と二丁目は右目白通りをはさんで南北に分かれていること、
(二) 右目白通りは巾員一八メートルであるが、本件居住地区の北側には他の町と区画するに足る恒久的な施設等はなく、わずかに巾員二・五メートルの道路があるにすぎないこと、
(三) したがつて、目白通りをはさんだ本件居住地区を従前どおり一つの町区域とすることは、前記自治省告示、東京都の示した一般的基準、区の実施要綱に適しないものであること、
(四) 目白通りを基準として本件居住地区を南北に分割して別個の町区域とした場合、前記自治省告示、東京都の示した一般的基準、区の実施要綱に示された町の規模によると、その北側は旧雑司ケ谷と合併して一つの町区域を構成することとなり、その大部分は旧雑司ケ谷であつて、その住民は「雑司が谷」なる町名を希望しており、その南側は旧高田南町と合併して一つの町区域を構成することとなり、その町名については「高田」なる名称が両者に共通していること、
(五) 「目白」なる名称は「目白不動」に由来するものであるが(この点は当事者間に争いがない。)、「目白不動」なるものはもともと旧文京区関口台町から江戸川に下る目白坂にあつたもので、第二次大戦の際戦災により本件居住地区(旧高田本町一丁目)に移つてきたものであり、昭和七年の市郡合併以前には豊島区内には「目白」なる名称は存しなかつたこと、
(六) 現在の目白一、二丁目は、第二次住居表示実施によつたものであるが(この点は当事者間に争いがない。)、当初は第二次住居表示実施計画に予定されていなかつたものの、現在の目白一丁目は旧目白町の九九パーセントにあたり、現在の目白二丁目は旧目白町の七五パーセントにあたるところから、地元住民の要望からではなく、豊島区の方針として第二次住居表示実施によつて、右のように決定されたものであること、
(七) 本件居住地区住民のすべてが「東目白」の町名を希望していたわけではないこと、また、これを「東目白」一、二丁目とする場合は、前記のとおり、独立の町としてはその面積が前記実施基準に照らして狭小であり、さらに、他の町との境界が不明確となること、等である。
以上の事実を認めることができ、右の認定に反する趣旨の原告大山正忠本人の供述部分は、前顕各証拠と対比するとたやすく信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二 以上の事実によれば、本件町区域、町名の変更は、以下に述べる理由により違法ではないというべきである。すなわち、
1 住居表示法三条四項の規定は、本件のごとく街区方式により住居表示を実施するため、地方自治法二六〇条の規定に基づき、町区域、町名を変更する場合にも適用があるものと解すべきところ、住居表示法三条四項が、市町村長は、住居表示の実施にあたり、住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力を得て行なうよう努めなければならない、と規定しているのは、前説示のように、町区域、町名が住民の感情と密接に結合しているばかりでなく、住民の生活はもとより、その財産権や取引関係等の法律関係にも深いかかわりを有するところからであり、さらには地方公共団体の行政は、住民の意思に基づいて行なわれなければならないとの住民自治の原則に由来するものというべきである。そうだとすれば、住居表示の実施は、関係住民の意思と一致する町区域、町名に従つて行なわれるのが望ましいところであり、同条項はかかる理念を達するための手続的保障を規定しているものと解すべきであるが、他方住居表示制度の趣旨、目的からして必ずしもすべての関係住民の意思と合致する町区域、町名による住居表示が実施されるとは限らないのであつて、そのような不一致が生ずることもやむを得ないところであり、同条項は、市町村が住居表示を実施するすべての場合において、関係住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力をうるよう努めなければならないものと規定しているものにすぎず、それにも拘らず、結果として、住民の理解と協力が得られたかどうかについては何らの規定をしているものではないから、結果として住民の理解と協力が得られなかつたとしても、そのための努力をしている以上、同条項に違反するものということはできないものというべきである。そこで、本件についてみると、前認定の事実によれば、豊島区としては住民に対する周知徹底を図り、住民の理解と協力をうるよう極力努力をしたことが認められ、ただ結果において原告らの理解と協力をうることができなかつたにすぎないというべきであるから、本件町区域、町名の変更は、住居表示法三条四項の規定に違反するものではないものというべく、住民の多数である原告らがこれに反対していたということだけでは右の結論を左右し得ないものというべきである。
2 原告らは、本件町区域ならびに町名の変更は、その実質において、極めて不合理である旨主張する。しかしながら、住居表示の実施につき、新たにいかように町の区域、町の名称を定めるのが合理的であるかは地方自治の裁量に委ねられていると解すべきであり、したがつて、当該町の区域、町の名称の選定がその裁量の範囲を逸脱し、著しく不当でない限り、違法とはならないものというべきところ、前認定の事実によれば、本件町区域、町名の変更は、住居表示法五条の規定、前記自治省告示、「東京都における住居表示の実施に関する一般的基準」、「豊島区住居表示整備事務事業実施要綱」に従うものであつてなんらこれに違反するものではなく、地方自治の裁量に委ねられている町区域、町名変更の合理的範囲を逸脱する著しく不当なものであるということはできない。もとより、本件町区域、町名の変更は、本件居住地区住民である原告らの反対するところであるが、そうであるからといつて本件町区域、町名の変更が直ちに右にいう裁量権の逸脱であつて著しく不当であるということができないことは、住居表示制度の趣旨、目的と住民の意思との関係についての前説示のところから明らかである。この点は昭和四二年法律第一三三号による住居表示法の改正によつてもなんら変るものではないものというべきであり、原告らの主張する原告らが住民自治権に基づいてその町名を決定しうるとの点は法律上の根拠を欠く独自の見解であつて採用することができない。それゆえ、これを根拠として本件町区域、町名の変更が違法であるの主張も採用の限りでない。
3 なお、原告らは本件町区域、町名の変更により、各種の出費を余儀なくされ、個人の財産権を侵害された旨主張するがこれは地に本件町区域、町名の変更を違法とする事由が存しない限り、これをもつて本件町区域、町名の変更を違法とする事由たり得ないことは明らかであつて、原告らの主張は失当というべきである。
三 以上の次第で、本件町区域、町名の変更にはなんらこれを違法とすべき瑕疵が存しないので、被告区長が地方自治法二八三条一項および二六〇条二項の規定に基づいて本件決定をなしたのは適法であつて、これを違法たらしめる瑕疵はないものというべきである。
第四結論
よつて、原告らの本件訴えのうち、被告区長に対する届出の取消しならびに本件議決を再議に付せとの各部分ならびに被告知事の本件告示の取消しを求める訴えは不適法としてこれらを却下することとし、被告区長に対する本件決定の取消しを求める部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中平健吉 渡辺昭 岩井俊)
(別紙図面(一)、(二)省略)